20代前半の男女、夕方、天気予報通り雨が降っている。
女「私、傘クラッシャーとして有名なんです。」
男「そんなに壊すんですか?」
女「3年に2本くらいのペースで壊しています。長傘も折りたたみ傘も。」
男「確かにちょっと壊しすぎですね。」
女「この傘も実は壊れています。骨の部分が、ほら」
男「本当だ」
女「閉まりきらないから、こうやって無理やり畳まないと折り畳み傘としての役割を全く果たしてくれません。」
男「買い替えないんですか?」
女「これ以上、年間のクラッシュ率を上げたくないんです。」
男「ということは実質、1年に1回くらいは壊してそうですね。」
女「この子は、色がとても気に入って買ったんですけど、」
男「確かに美しいブルーですね。」
女「ネイビーにするか悩んで、無難なものは避けたい気分だったんでしょうか、目をひくブルーにしました。」
男「そういうのはその時の心に従うのが一番です。」
女「とても風の強い日に、この傘を初めて使ったんです。」
男「嫌な予感がしますね。」
女「橋の上でした。地元の、横幅20mくらいの川です。ビューッと風が吹いたその時、傘は見事に反対方向に裏返ってしまいました。あまりに一瞬のことだったので傘を守ことはできませんでした。」
男「傘を守ろうとしたことがなかったので、なんというか、心がげがクラッシャーとは思えない。」
女「クラッシャーだから守るんです。」
男「ほう」
女「それからです。骨がもう元には戻らなくなってしまいました。」
男「なんと、使用初日から悲しいですね。」
女「でもよく考えたら、その日、本当に風は強かったのでしょうか。」
男「というと?」
女「いや、あの日本当に風が、傘をひっくり返すほどのパワーを持っていたのか?と。橋の上だから風が少し強いのであって、橋を通らなければ傘は使用初日に裏返ることなんてなかったんじゃないでしょうか。」
男「橋を通らなくても良かったということですか?」
女「橋は、通らなくてはいけませんでした。そうでないと祖母に会いにいけなかったので。」
男「それならばその道筋は、そういうものだったのでしょう。」
女「祖母にクラッシュしたことを笑われてしまいました。」
男「クラッシャーとして有名ですからね。」
女「祖母は英語の教師だったんですけど、『crusher』って『決定的な事実』っていう意味があるらしくて、もうどうしようもなくなってしまいました。」
男「それは、おばあさんが一枚上手でしたね。」
踏み切りが開いて、それぞれのホームに向かう。